
ランサムウェアに強いバックアップ保管|一人運用でできる備え
「バックアップは毎日取れています」。 そう言えるところまでは、たいていの現場が来ています。では、そのバックアップは今、本番サーバーから見えて、書き込めて、消せる場所にありませんか。
ランサムウェア(データを暗号化して使えなくするマルウェア)は、侵入したあとすぐにファイルを暗号化しはじめるわけではありません。多くの場合、先に社内を見て回って、共有フォルダやバックアップ先を探します。理由は単純で、戻せる控えが残っていると目的を果たせないからです。IPAの「情報セキュリティ10大脅威」でも、組織向けの脅威として長く上位に挙げられ続けているのは、この「復旧の手段ごと奪う」やり方が効いてしまうからでもあります。
つまり、本番サーバーの権限で消せるバックアップは、本番と一緒にやられます。取れているかどうかより、どこに、どうつながった状態で置いてあるかのほうが効いてくる、ということです。
ここは責められる話ではありません。NASを常時マウントして毎晩コピー、というのは長く「ちゃんとやっている」構成でしたし、今でもバックアップとしては正しく機能します。ただ、狙われ方が変わったぶん、置き場所だけ少し見直しておくと安心、という話です。
結論:ランサムウェアに強いバックアップは、①いまのバックアップが「どこから消せるか」を確かめる → ②バックアップ先の認証情報を本番と分ける → ③1本だけ「切り離した場所」に置く → ④そこから戻せるか試すの順で作ります。全部の世代を守る必要はありません。消されない控えが1本あれば、事業は再開できます。
道具はクラウドでも外付けディスクでも構いません。大事なのは「本番が乗っ取られても、その権限では手が届かない控えが1本ある」という形をつくることです。
何が起きているか:バックアップが本番と一緒に消える理由
「バックアップまで暗号化された」という話は、特別に高度な攻撃を受けたから起きるとは限りません。普段の運用が便利にできているほど、まとめてたどられやすい、というだけのことが多いのです。
- 本番から書き込める場所にある:本番サーバーが常時マウントしているNASや共有フォルダは、本番を操作できる相手からは、ただのフォルダに見えます。暗号化も削除もできてしまいます。
- 同じ認証情報で入れる:バックアップ先に入る鍵やパスワードが、本番サーバーの中に置いてある(cronのスクリプトに直書き、鍵ファイルが同居など)。本番を取られた時点で、その鍵も一緒に渡ります。
- 上書き保存になっている:毎晩同じファイル名に上書きしていると、暗号化されたデータで上書きされた瞬間に、正常な控えが消えます。世代が1つしかない状態です。
- クラウドだから安全、と思っている:クラウドストレージも、削除権限を持つ鍵があれば消せます。「別の場所にある」ことと「消せない」ことは別の話です。
逆に言えば、この4つのうち1つでも断ち切れれば、まとめてやられる確率はぐっと下がります。次から、その断ち切り方を順番に見ていきます。
一人運用でも回る4ステップ

一度に理想形を目指さなくて大丈夫です。1本だけ「切り離す」側へ動かす、それだけでも守りはかなり変わります。
① いまのバックアップが「どこから消せるか」を確かめる
最初にやるのは、新しい仕組みを入れることではなく、いまある控えの棚卸しです。紙でもテキストでも構いません。1行ずつ、こう書き出します。
- どこに置いてあるか(同じサーバー内 / NAS / クラウド / 外付けディスク)
- 誰の権限で書き込んでいるか(どのアカウント・どの鍵か)
- 本番サーバーから、消せるか / 上書きできるか
- 何世代残っているか(1つだけか、7日分か)
書き出してみると、「全部、本番から消せる場所にある」と分かることがよくあります。それが分かっただけで、この棚卸しは成功です。落ち込む必要はありません。見えていなかった一線が見えたということです。
② バックアップ先の認証情報を、本番と分ける
次に効くのが権限の分離です。ここは費用がほとんどかからないわりに、効き目が大きい一手です。
- バックアップ用のアカウント・鍵を、本番の管理者とは別に1つ作る。
- そのアカウントには、書き込みだけを許して削除を許さない(クラウドストレージなら、権限設定でオブジェクトの削除を外す)。
- できれば pull型にする。pull型とは、本番から送りつけるのではなく、バックアップ側のサーバーが取りに来る形です。こうすると本番側にバックアップ先の鍵を置かずに済むので、本番を取られても控えには手が届きません。
- 本番サーバーの中に置いた鍵やパスワードは、置きっぱなしにしない。ここはパスワード・APIキーの平文放置をなくす保管方法と地続きの話です。
pull型の切り替えは少し手間ですが、削除権限を外すだけなら15分で終わることも多いです。まずはそこからで十分です。
③ 1本だけ「切り離した場所」に置く
ここが今日の中心です。常時つながっていない控えを1本つくります。やり方は現場に合わせて選べます。
- オフライン(物理的に外す):外付けディスクにコピーしたら、ケーブルを抜いて棚にしまう。2本用意して交互に使い、使い終わったほうは必ず外しておく。原始的ですが、つながっていないものは暗号化できません。一人運用ではいちばん確実で安いやり方です。
- イミュータブル(消せない設定にする):イミュータブルとは「一定期間、誰も上書き・削除できない」状態のことです。主要なクラウドストレージにはオブジェクトロック(保持期間を決めて、その間はロックされる機能)があり、これを使うと管理者の鍵を奪われても、その期間の控えは消せません。
- バージョニング(世代を残す):上書きしても以前の版が残る設定です。ただし版ごと削除できる権限があると効き目が薄れるので、削除に多要素認証を要求する設定やオブジェクトロックと組み合わせるのが実務的です。
オブジェクトロックには、特権があれば解除できるモードと、保持期間中は誰も解除できない厳格なモードがあります。厳格なほうは期間中は自分でも消せない(=保管費用も期間ぶん確定する)ので、まずは短めの保持期間(たとえば7日や14日)から始めるのが安全です。いきなり1年で設定して、あとから止められずに困る、というのはよくある失敗です。
なお、こうした置き方の目安としてよく紹介されるのが 3-2-1ルール(控えを3つ、種類の違う2つの媒体に、うち1つは離れた場所に)です。最近はこれに「1つは切り離すか消せない形にする」「復元を試してエラーがない状態にする」を足した形で語られることもあります。全部そろえなくて構いません。いまの構成を、この目安のどこまで満たしているかを測る物差しとして使えば十分です。
④ そこから戻せるか、一度試す
最後に、切り離した1本から実際に戻してみます。ここを飛ばすと、「消されない控え」はあるのに「使えるか分からない控え」のままになってしまいます。
- 別のサーバーや別名のデータベースなど、本番に影響しない場所へ戻す。
- 主要な数点(ログインできるか、件数が合うか、画像が欠けていないか)だけ確認する。
- かかった時間と手順をメモに残す。
手順の詳しい進め方は「本当に戻せる」を確かめるバックアップ復元テストの手順にまとめています。取る・切り離す・戻せるの3つがそろって、はじめて備えになります。
具体例:NASに毎晩コピーしていた小さな業務システム
社内の業務システムを一人で保守している、という状況で考えてみます。構成はこうです。
- 本番サーバーが毎晩、社内NASの共有フォルダにデータベースのダンプとファイル一式をコピー。
- NASは本番サーバーに常時マウント。書き込みは本番の管理者アカウント。
- 7日分の世代が残る設定。
①棚卸しをしてみると、7世代すべてが「本番から消せる」場所にあると分かりました。世代は多いけれど、置き場所は1か所です。
②権限の分離として、NASにバックアップ専用のユーザーを1つ作り、そのユーザーには書き込みだけを許可。本番サーバー側の設定を、その専用ユーザーで書き込む形に変えました。ここまでで所要は30分ほどです。
③切り離すは、費用をかけずにやれるほうを選びました。外付けディスクを2本用意し、月初と月中に手で1回コピーして、終わったらケーブルを抜いて鍵つきの棚へ。毎日は無理でも、月2回なら続けられる、という判断です。加えて、クラウドストレージへ週1回だけ送り、そちらは保持期間14日のオブジェクトロックをかけました。
④戻せるかは、棚から出した外付けディスクのダンプを、検証用の別データベースへ戻して確認。約35分で戻せることが分かり、手順をメモに残しました。
これで、仮に本番とNASがまとめてやられても、最悪でも半月前の状態には戻せるという現在地がはっきりしました。理想は毎日ぶんを切り離すことですが、月2回でも「ゼロ」とは天と地ほどの差があります。
影響:切り離した1本があると、何が変わるか
この備えの効き目は、事故が起きたときだけに現れるものではありません。平時の判断にも効いてきます。
- 「戻せるかどうか、やってみないと分からない」が、「最悪でも◯日前には戻せる」という具体的な線に変わる。
- 事故のとき、支払うかどうかの土俵に乗らずに済む。戻せる控えがあれば、復旧の判断は自分たちの手元に残ります。
- 上司や取引先に、復旧の見通しを憶測でなく実測で説明できる。
- 誤操作やハードウェア故障、うっかりの削除にも、同じ備えがそのまま効く。ランサムウェア専用の対策ではありません。
逆に、控えが全部つながったままだと、いちばん必要な瞬間に選択肢が1つも残りません。平時の30分が、有事の選択肢をつくります。
明日やること:まず「どこから消せるか」を1枚に書き出す
大がかりな構成変更は要りません。明日できる、いちばん小さな一歩はこれです。
- いま取れているバックアップをすべて書き出す(場所・アカウント・世代数)。
- それぞれに「本番から消せるか」を「消せる/消せない」で書き添える。
- 「消せる」ばかりが並んでいたら、まずバックアップ先の削除権限を外す(専用アカウントを作って書き込みだけ許可する)。
- 外付けディスクを1本用意して、手で1回コピーして、ケーブルを抜く。
- その1本から戻せるか、別の場所へ1回だけ試す。
1日で全部やる必要はありません。3までなら、たいてい1時間かからずに終わります。「全部つながっていた」と気づけた時点で、いちばん危ない状態は抜けています。
「ランサムウェアに強いバックアップ」チェックリスト
いまの構成を測る項目です。コピーして、自分のメモに当ててみてください。全部そろえる必要はありません。
まず外せない最低ラインはこの3つです。時間がなくても、ここだけは確かめます。
- 【最低ライン】バックアップの置き場所を書き出し、それぞれ「本番から消せるか」を確かめたか
- 【最低ライン】本番サーバーの権限では消せない控えが1本あるか(切り離す or 消せない設定)
- 【最低ライン】その1本から、実際に戻せることを一度でも試したか
次の項目は、余裕があるとき・より確実にしたいときに追加で確認します。当てはまらなければ飛ばして大丈夫です。
- バックアップ用の認証情報を、本番の管理者とは別に分けているか
- バックアップ先のアカウントから、削除権限を外しているか
- 上書きではなく、複数世代が残る形になっているか
- クラウドを使うなら、オブジェクトロックやバージョニングを設定しているか(保持期間は短めから)
- 外付けディスクを使うなら、コピー後に必ずケーブルを抜く運用になっているか
- 切り離した控えを作る頻度(毎日・週1・月2など)を決めて書いてあるか
- 復元にかかる時間の実測値を、手順とあわせてメモに残しているか
- 自分以外の人でも、その控えから戻せる手順書になっているか
全部に○が付かなくても大丈夫です。最低ラインの3つ、とくに「消せない控えが1本ある」さえ言えれば、いまの構成よりずっと心強い状態になります。
よければ、こちらも
バックアップの守りは、戻す練習と、鍵の置き場所、そして万が一の初動とセットにしておくと、いざというときに慌てずに済みます。
- 「本当に戻せる」を確かめるバックアップ復元テストの手順:切り離した1本から実際に戻せるかを、こわくない形で試す手順です。
- パスワード・APIキーの平文放置をなくす保管方法:バックアップ先の鍵を本番に置きっぱなしにしないための、保管の考え方をまとめています。
- 不正アクセスの疑いがあるときの初動と保全:おかしいと気づいた瞬間に、何を残して何を止めるかの順番を整理しています。
- 退職者アカウントの棚卸しと権限の最小化:誰が何を消せるのかを、平時のうちに小さくしておく話です。

ランサムウェアの話は、どうしても身構えてしまいます。でも、この備えでやることは特別なことではありません。控えを1本、手の届かないところに置いておく。それだけです。 今日は、いまのバックアップがどこから消せるかを紙に書き出すところまでで十分です。書き出せた時点で、あなたはもう、守り方を選べる側に立っています。
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